院長ストーリー

平成18年12月 妻が長男を出産したのは陣痛を訴えてから3日目のことでした。

その時、出産を簡単に考えていた私は、初産で予定日を少し過ぎてはいましたが、何の心配もしていませんでした。しかし2日目の夜、妻は陣痛の疲労と緊張で気を失ったのです。担当医師の勧めで出産予定の産婦人科から市内の大病院に緊急搬送されました。翌3日目の朝7時に妻は無事長男を出産しました。

生まれてからの彼は元気にすくすく育っておりますが、今でも生まれた日のことを考えると、いとおしくなります。無事出産した後の帰り道、一人バイクに乗りながらヘルメットの中で大泣きしました。

ひとりぼっちになるかと思った。本当によかった……

少しだけ、私が小さかった頃のお話をします。

小さかった時の私は、小児ぜんそくがあり、ぜんそくがひどかった年には幼稚園を半分しか行けなかったと母から聞かされたことがあります。実は、あまりに幼かったせいか、私自身は病気で辛かったり、しんどかったような記憶はまったくないのですが、いつも同居していた祖母が私の面倒をみていてくれていた事はハッキリと覚えています。

小さかった私を病院に連れて行ってくれたり、時には祖母の通う病院に私がついて行ったりと、祖母とはいつも一緒にいました。明治生まれで気丈で優しかった祖母。祖母は私が23歳の時に94歳で亡くなりましたが、そんな祖母は、私の中で今でも特別な存在です。いつもありがとう、おばあちゃん。

私にも大切な子供がいますから、今はわかるんです。

子供が病気で苦しんでいる時の親の気持ちが。

開業以来、えがお鍼灸整骨院には、たくさんの子供が来院します。風邪引きや夜泣き、カンムシなどで小児はり治療に来る患児や、ママの付き添いで来てくれる子供たち。私自身子供が大好きで、当院に来てくれる子供はもちろん、よその子だって本当にかわいくて、自分の子供のように思えます。

私の知り合いの先生は「子供たちから憧れられるような大人でいたい」とおっしゃいます。

私は「いつまでも子供に好かれるような大人でいたい」と心から思って毎日治療をしています。

この仕事を選んだきっかけは、父への憧れでした。

父は私が産まれる前から整骨院の院長でした。父は努力家で、経営センスもあり、多くの患者さんやスタッフから信頼を得て、名実共に地域NO.1の整骨院を経営しておりました。私は父を尊敬し、将来は父と同じ仕事がしたいと考えていました。

中学1年生の時、私は、未来への第1歩を踏み出しました。それは、柔道部に入部したことです。

整骨院の先生になる為には、柔道初段の腕前が必要だと父から聞かされたからです。そんな理由で始めた柔道でしたが、柔道はそれ以上のものを私に与えてくれました。

毎日の厳しい練習の中で身体が鍛えられると共に、自分に自信がもてるようになりました。上下関係、礼儀、仲間意識、続けることの大切さ、努力と結果、汗と涙。
ケガも多かったですが、柔道は私という人間を作り上げていく中で大変重要なものとなりました。

高校卒業後、平成6年4月より父の経営する整骨院で研修を開始しました。朝晩は父の整骨院で研修、昼間は整骨院、鍼灸院の学校で勉強という多忙な毎日でした。
研修当時、父に良い思いをさせたいと考えた私は、在学中の6年間学校を1日も休まず皆勤で通学し、6年目の鍼灸科卒業時には、皆勤賞と共に、卒業生の最高栄誉である学校長賞を授与し、首席で卒業しました。国家試験にも一発合格しました。

その後、平成14年には、ケアーマネジャーの試験にも一発合格し、地域の病院や介護施設と提携し協力しながら治療活動の場を広めていきました。

これから私は、地元である城東区で治療活動を行うなかで、柔道で養った精神力や仲間意識、続けることの大切さを心にとどめ、地域の方のお身体の健康と共に、心から安心できる場所作り、良い笑顔に出会える場所作りを目指します。どうぞ末永くご愛顧よろしくお願いします。

「ちょっとえがおに行ってくるね!」が家族の合言葉

皆さんが笑顔で毎日を過ごせるように えがお鍼灸整骨院は全力を尽くします!
一人で悩んでないで、えがお鍼灸整骨院に相談してください!

人は心から安心した時に笑顔になる

 

平成29年2月 41歳の誕生日に
えがお鍼灸整骨院 院長  橋本 貴司

えがお鍼灸整骨院(大阪市城東区) 診療時間

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